君も国家を運営しよう。

 イギリスのロンドンの中心地、かつてのロンドン市国に私は立つ。この街はかつて世界に名だたる大帝国を気づきあげた国の府ともいうべき場所であった。今ではその長老のカラダはとても小さくなってしまった。かつてを偲び、スーツの男は深呼吸をした。何も見る影がなくなったわけではない。旧国府を治めていた者はその地位を自ら退いたのだ。文化はしっかりと継承され、この地に根付いている。私を知る者も少なくないだろう。顔さえ隠していなければ、声をかけられるほどの有名人なのだ。
「いや、恐れ多くてかけようとも思わないかもな。」
男は手に持っていた黒い鞄から「登記済権利証書」と書かれた冊子の入っているケースを取り出した。透明なその箱をひらけば、手を滑らせたせいか、大量の紙が舞い落ちた。譲渡証、権利証、契約書...様々な物々しい単語が入っているが、周囲の「市民」たちは特に気にもとめていないようだ。

 かつてロンドンに住んでいたその男は、その後地中海のバカンスの代名詞であるマルタ島に移住し、その後ローマの北東部・ヴェネチアへと渡った。その地で豪邸を築き、周辺諸国から様々な芸術品を仕入れ売りさばいた。そうして一代で莫大な富を手に入れ、世界でも指折りの大富豪としても知られる彼は、常にその身を狙われるために、普段は複数人の黒服を侍らせて歩いているはずだが、今日はどうも違う。彼は1人でこの地に立っている。
「法人登記は済ませた。この建物は私のものだ。そう、私のものなのだ。」
ロンドンはこの男の入国を禁止していた。なぜなら、この男の存在そのものが政府を脅かす危険性があったからだ。現在政府のトップにいる男は、この老人とは敵対関係にあった。なぜなら、かつてこの老人が従えてようとし、しかし従わなかった貴族であるからだ。くどいようだが、その貴族が今、忌々しくも国政のトップにいる。お前が今その地位にいるのは、私が君に譲ったからだ、老人はそう高笑いし、建物へ足を踏み入れる。

 オープン初日ということもあり、当然建物の内部は清掃が行き届いている。左右の献花台には、開店を記念する花束が置かれている。男は社長室と書かれたプレートのある扉の中に入りゆっくりと腰掛けた。給仕の者を呼び、紅茶を淹れさせる。なんでもこの茶葉のブレンドは、極東の皇帝が新たに即位した記念に作られ、極東でしか売られていないらしい。このしわがれた男は、その皇帝とかつて謁見したことがある。その時は様々なことを話し合ったが、最も面白かったのはやはり現代芸術に関する価値観の相違であった。そのことに想いを馳せ、瞼を閉じる。

 ...どれほどたっただろうか。ビルの下には人だかりができている。時計に目をやると、すでにスタート時間の5分前であった。ずいぶん長いこと寝てしまっていたらしい。そろそろホールへと向かうとしよう。なにせ今日はオープン初日なのだ。ハンマーを叩くのは私の仕事だ。人々の前に出て話し始める。少しの雑談から始まり、オープンまでの流れ、会社の目標、そして本日の取扱商品。人々の高揚感がこうして高まり、もう待てないというかのように騒音を響かせ始めた。この雑音こそ気持ちいい。これこそが私の存在証明である。男はハンマーをテーブルに打ち付ける。そして高らかに宣言した。

「これより、Cubany's のキュバニーオークション、第1回を始めさせていただきます。」
こうして、ロットナンバー1番が運ばれてきたのだった。

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