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奇襲作戦を敢行するハンガリー第二機甲師団

ベオグラードに投下された「ヤーノシュ」級核爆弾。
エラク作戦
交戦勢力
セルビア王国評議会ハンガリー
セルビア臨時政府
指導者・指揮官
アレクサンダル2世フニャ・ミローシュ
ガヴリロ・プリンツィプヨセフ・クリンツィキ
戦力
国境警備隊数百名戦車4600両、核兵器搭載爆撃機60機
結果
評議会ハンガリーの勝利。セルビア王国を傀儡化。


背景

 仔細は第三次バルカン戦争を参照。バルカン戦争において戦略的重要拠点であったハンガリーは、周辺国内で最も「力のない」国であった。軍備および金銭的に、いまだに傀儡政権から能力を脱せていないハンガリー評議会政権は即座にどこからか軍隊を補給する「補給論」と周辺国から略奪を行い一気に軍国化する「帝国主義論」の真向から意見が分断した。この結果「補給論」の熱烈な主義者であったエンリケ・ハルトマン宰相、イオセブ・ベニサリス元帥、ラハブ・ネルチンスキー海軍元帥、オフィリア・ミクラス大学教授以下十数名が軍部の強行突入により粛清・銃殺される事件(赤色の銃弾事件)が発生。ハンガリー評議会政権は核攻撃による集中突破ドクトリンを採用した。このドクトリンは郡内からの反発も激しかったが、当初オーストリアとセルビアとの会戦(オーストリアの攻勢作戦を参照)において、セルビア側が大勝利を収める、所謂「バルカンの奇跡」を起こしたため、即座に軍部に党内評議会は命令。これにより電撃的制圧が開始された

エラク作戦

 1999年7月31日午後23時40分、突如として停戦状態であったハンガリー軍が国境を突破。国境警備隊が応戦するもハンガリーの高度に機械化された主力部隊にはなすすべなく突破を赦してしまう。前線にいたガヴリロ宰相はこの突破においてハンガリー軍の意図を察知し、あえて前線にとどまり続けた。
 ハンガリー軍は現在においてはあまり使用されない、俗にいう「電撃戦」を敢行した。これは少ない主力部隊で一気に敵基地へ重心突撃を敢行し、継戦能力を完全に沈黙させる試みであった。しかし燃料の補給が間に合わず、軍内の反発もあり、230劼曚豹覆鵑世箸海蹐嚢垠蛎度が低下。機甲部隊へ歩兵部隊がおいつかず、補給能力も低下してしまう。セルビアがこの危機に講和し、反転攻勢を仕掛けてくるのは避けたく、かついつボヘミア・ワラキアが攻撃をかけてくるかわからなかったハンガリー軍は核攻撃を敢行した。

核攻撃

 核兵器が積載されている情報がセルビア軍に伝わったのは迎撃機のスクランブル能力を大幅に超過してからであった。爆心半径は20劼肪し、中心部の都市区画は完全に全滅した。これにより国王アレクサンダル2世は死亡したものと思われる。核攻撃の影響はすさまじく、セルビアの国家機能は完全にマヒした。セルビア軍の全権指揮を執ったガヴリロは、この都市の状況から屈辱的な講和にサインをすることを決断せざるを得なかった。

'町が焼けている。音すら蒸発したかのような静けさだ。灰と煤のみの爆心地は人っ子一人いない不気味な静けさに包まれていた。ここに本当に応急があったとは思えない。今ここにどんな建物を立てても——よく終末世界の映画で見る掘っ立て小屋ですらも——恐らくこの風景には似合わないであろう—— チャールズ・ウィルクス(ディキシーランドの画家)'

弾圧

 あっさりと講和したセルビアに(これにはセルビア側には国力回復の思惑もあったが)気をよくしたハンガリーは徹底的な弾圧を行った。これにはオーストリアへの「パイの切り取り」が少なくなっていくことに対しての意思表示でもあったが、ミローシュがハンガリー治安維持軍に出した「評議会令第440法」は現在でも悪名高い。これはセルビアに以下のことを命令するものであった。
  1. 1全権の割譲
  2. 2セルビア国内におけるハンガリー軍に関する活動を無条件で認可
  3. 3セルビア軍・セルビア国庫すべての譲渡
  4. 4セルビア軍の親族の強制的なハンガリー国内への疎開
  5. 5セルビアへ原子炉303(不良原子炉)の建設
  6. 6セルビア国内の反乱分子の撃滅
  7. 7民族融和法(セルビア国内の官僚を統べて民族別に混同する法案)
これら七条を締結したことに、ハンガリーの敵対国であるボヘミア王国は激怒し、
ボヘミア政府はハンガリー評議会政権の蛮行を徹底的に非難し、断固として許さない。
この事件で亡くなった大量のセルビア人や異国人を偲び、国際社会が納得できるような制裁をする。

と発表。これに呼応するようにセルビアはオーストリアと講和し、オーストリアはハンガリーと完全に断行した。

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