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全テュルク国粋連盟とは、ケバブ帝国のセロフを拠点とする国粋主義・汎トルコ主義の国際組織である。

主な情報

名称全テュルク国粋連盟(Tüm Turkul Totaliterlik Lig)
目標テュルク民族の保護
思想汎テュルク主義&全体主義
本部セロフ
支部バルカナバート
主な指導者ルイラ・ザメンホーフ

概要

テュルク国家の主権独立と保護、テュルク民族の全体は一人の統率者に従属するべきであるという、思想のもと、1984年にルイラ・ザメンホーフが結成した組織。
構成員の中にはザメンホーフ氏の思想に感化されたもの、ザメンホーフ氏が以前開いていた組織「テュルクの鉄と血」の元メンバーなど、汎トルコ主義が多数派を占める。
テュルク国家が危機に見舞われた際、義勇兵を派遣したり、別民族が不法にテュルク民族の故地を支配している際、現地のテュルク民族たちに声明を出して独立戦争を起こす場合がある。
また、構成員の人数は12500人程度あると思われる。

軍隊

軍隊は基本テュルクの同胞・ケバブ帝国からの支援戦力であるが、募兵をすることも多々ある。
平時の動員人数は約5000人。

思想

ルイラ・ザメンホーフ氏によると全テュルク国粋連盟は、
「テュルク国家の主権独立」を目指す組織であるとのこと。
しかし、多少思想の違いがメンバーの中であり、「バルカン半島をテュルク民族の故地とするか」や、「ケバブ帝国を否定的に見るか」で度々賛否が論される。
また、第三回テュルク大会にてイスラームとは決別することが明確に決まった。

全テュルク民族大会

上記の「議論」については5年に一回開かれる、「全テュルク民族大会」でその賛否を問う。
全テュルク民族大会では異端派の有無、これからのテュルク国粋連盟の方針などを議論し、それを最終的に採決により決定する。
回数主な内容年月場所備考
第一回ケバブ帝国をテュルク国家として承認するかが問われた1984年12月21日テヘラン初めて開かれた大会
第二回中東イスラーム勢力との協力を図るかが問われた1989年4月3日セロフこの大会で国粋連盟の主な方針が決められた
第三回ソ連との協調をするかが問われた1994年12月20日エルサレムなし
第四回バルカン半島への再進出をするかが問われた1999年4月27日セロフこの大会から国粋連盟はバルカン半島でのゲリラ戦を再開するようになる

これまで結成された軍団

テュルク国粋連盟は良く義勇兵を派遣することがあり、その軍団をここで紹介する。
軍旗名称概要年月備考
テュルク保護団英土戦争中のトルコに派遣予定だった軍団。戦争の決着により計画は凍結した。1999年4月29日初の派遣軍団
アリカンテ義勇軍スペイン内戦中のスペインに国粋派の保護を目標に国粋連盟が派遣した軍団。東地中海に面する都市・アリカンテに義勇軍を派遣したことから「アリカンテ義勇軍」と呼ばれる。1999年5月21日なし
ガガウズ・テュルクペロポネソス半島・アナトリア半島のほぼ全域で派遣されている組織。ギリシャ半島・アナトリア全域の解放を目的とする2000年1月4日テュルク保護団の後身

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