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国旗

国章
国名ワルキジア公国
国歌我が祖国と大公殿下
国の標語For duke, and our land
産業漁業、工業
大公ノルモフ3世
宰相オスピス・ファリサイ
政治体制立憲君主制
政策軍拡
首都ムスモンド
人口1億54785万9600人
GDP8888億ドル
通貨ナルシエ(₦)
所持EP8341億7000万EP
国家レベル発展途上国Lv4
外交垢https://mobile.twitter.com/Nigeria_Foreign

軍事

陸軍

歩兵Fl-54ライフル等(次世代型)250個大隊

海軍

潜水艦レスメンダ型(次世代型)2隻
駆逐艦ヌベユースホフカ型(次世代型)1隻

空軍

戦闘機F-106(次世代型)1000機
爆撃機B-106(次世代型)400機
ミサイルMIL-6(次世代型)250発

概要

ワルキジア公国(わるきじあこうこく、英語:
Principality of Warkisian)、通称ワルキジアは、ヴォルド、ワルキジア大陸に位置する公国。

地理


地方区分別地図
地方名主要都市備考
ムスモンド地方ムスモンド首都所在地方
リファイト半島地方サースリファイト漁業が盛ん
ヌーベス地方ヌーベユースホフカ
フヌス地方ノムレッヒ農業が盛ん
グレーニン地方グレーニンタウン
ヤク地方ヤクーロン、フォングラスカ工業が盛ん
ハレッサ地方ハリソフ、ソビエラ漁業が盛ん



ワルキジア公国の地理

歴史

ここではワルキジア大陸のワルキジア公国領の歴史を扱う。

古代(810〜1145)

810 北部山岳地帯マルヴァスにマルヴァ王国が興る。
812 ヌベユースホフカ周辺に点在していた都市国家が連合しヌーベスポリス連合が興る。
820 マルヴァ王国の遠征開始。845年までにマルヴァ王国はグレーニン地方を完全に掌握している。
853 ヌーベスポリス連合が拡張を開始。872年までにヌーベス地方の沿岸地帯を領有した。
880 ヌーベスポリス連合の脅威にムスモンドでルビンク朝が興る。初代王はケフィル1世。ルビンク朝はリファイト半島の国家に次々と侵攻。902年にはサースリファイトにあったモルクス朝を滅亡させ、リファイト半島を制圧している。
901 マルヴァ王国が西征を開始。
950 マルヴァ王国軍が誤ってヌーベスポリス連合領に侵入し、連合軍に殺される。(マッシブの悲劇)マルヴァ王国のフィル3世は激怒。ヌーベスポリス連合に大規模な軍事侵攻を開始した。(沿岸戦争)
952 マルヴァ王国軍がバフジを占領。ワルキジア海への出口、そして肥沃な大地を得た。ヌーベスポリス連合はバフジという戦略的要所を取られ、衰退する。
955 マルヴァ王国軍がヌベユースホフカを占領。ヌーベスポリス連合は滅亡し、沿岸戦争は終結した。
983 マルヴァ王国王族とルビンク朝王族が婚姻関係に。二国は急速に近付く。
1000 マルヴァ王国8代王ルシフ2世が死去。子がいなかったため、婚姻関係にあったルビンク朝が領土を引き継いだ。この際、ルビンク朝はマルヴァスに遷都している。
1010 ルビンク朝の北伐開始。ヤク地方に存在したミメ朝ヤク国や蛮族等を攻め滅ぼした。1080年までにルビンク朝はヤク地方を完全に制圧。初のサースワルキジア統一王朝となった。
1112 5月、旧ヌーベスポリス連合軍の末裔を称するビクス・メションがファルファシスで蜂起。ルビンク内戦が始まる。
1130 5月にバフジを占領。ヌーベスポリス連合の勢力範囲を取り戻した。
1145 2月にムスモンドが陥落し6月に首都マルヴァスが陥落。ルビンク朝は滅亡し、ビクス・メションはメンジェ1世を名乗りムスモンドを首都とするワルキジア帝国を建国した。

中世(1146〜1717)

1149 メンジェ1世が死去。子のメンジェ2世は恐怖政治を執り始めた。
1170 サースワルキジア山脈西部のレスメンダにて少数民族ムソファリアンがメンジェ2世の恐怖政治に対し反乱を起こすが、2代皇帝メンジェ2世はこれを2週間で鎮圧。ムソファリアンに対するメンジェ2世の迫害が始まった。
1198 メンジェ2世が死去。グラスミ1世が即位し、恐怖政治、ムソファリアンに対する迫害を止めた。
1208 ワルキジア帝国の重い税に対し、軍や民衆が大規模な反乱を起こす。軍の7割が離反したため対処がままならず、1213年に首都ムスモンドが陥落。ワルキジア帝国は滅亡し、ムスモンド=リファイト王国、グレーニン公国等諸国乱立の時代を迎える。しかし、各国は戦争不要論を見いだし、16世紀まで平和な時代が続く。文化の花開く時代でもあったことから、文化開花時代とも呼ばれる。
1305 クラシック音楽が流行。王族から民衆まで幅広い範囲でコンサートに出掛けていた。
15世紀 黒死病が流行。9000万人が亡くなったとの文献がある。
1582 グレーニン公国とルクセ朝ヤク国との関係が悪化。10月から戦争に突入した。(八月戦争)
1583 6月にヤクーロンが陥落。ルクセ朝ヤク国は滅亡し、グレーニン公国のグレーニ7世はマラシア朝と改元した。
1678 グレーニ8世が死去。軍事強硬論で知られるオットー3世が即位し、ムスモンド=リファイト王国に宣戦布告した。マラシア朝は苦戦を強いられたが、ゆっくりと前線を進めた。
1717 ムスモンドが陥落したが、ムスモンド=リファイト王国のフリードッツ3世はマラシア朝と講和。リファイト半島南部のサースリファイトに傀儡国のサースリファイト王国が樹立され、初代王として即位した。尚マラシア朝はムスモンドに遷都した。

近代(1718〜1919)

1718 フリードッツ3世の死によりサースリファイト王国は滅亡。マラシア朝に併合された。
1739 ヌーベス王国で革命が発生。ヌーベス王国はヌーベス共和国となる。周辺諸国は民衆の蜂起を恐れ対ヌ大同盟を組織したが、ヌーベス国民軍の前に勝つことは出来なかった。
1789 ヌーベス共和国が周辺諸国を何ヵ国も屈服させる中、マラシア朝のみは抗戦していた。そんな中、リッシマフの戦いでマラシア朝が勝利すると、軍司令官ヴィンテブ・モロソフは反攻作戦を実行。
1807 ヴィンテブの反攻作戦が功を奏し、ヌベユースホフカを占領。ヌーベス共和国と有利な条件で講和した。しかし共和制や社会主義の国々が出来たため、マラシア朝はムスモンド公国と改元し、リファイト半島を独立させた。
1919 ムスモンド公国が旧領回復のためリファイト共和国に宣戦布告。これにヌーベス共和国、ラファルシア社会主義共和国がヌーベス側で参戦。第一次ワルキジア大戦争が勃発した。

現代(1920〜)

1920 ワルキジア大戦争最大の戦い、バフジの戦いが3月13日から始まる。バフジは戦略上の要所であり、両軍共に多くの死者を出した。結果は12月20日にムスモンド軍が占領。戦局はムスモンド側に傾いた。
1921 ヌーベス共和国臨時首都ワカキアが陥落し、ヌーベス共和国が降伏。
1923/3/30 戦争が泥沼化するのを避けるため、講和条約がバフジで行われた。ヌーベス共和国、リファイト共和国全土併合で講和が成立。第一次ワルキジア大戦争は終結した。
1932 ムスモンド公国内でかつてのワルキジア帝国の版図を再征服しようという運動が発生。
1942/10/22 ムスモンド公国がファルシア社会主義共和国、ヤク共和国に宣戦布告。第二次ワルキジア大戦争が勃発した。ムスモンド軍司令官ネシル・メンデンガスの考案した「電撃戦」は平原では抜群の効果を発揮。ヤク共和国は3週間で降伏し、ファルシア社会主義共和国も1945年に屈服した。ムスモンド公国の元、サースワルキジアは再度統一された。尚、ノルモフ2世は1947年に国号をワルキジア公国に改元している。

外交報告

2019/2/7 大妹王国と不可侵条約、スカイマーク大公国と軍事同盟を締結。大連邦に加盟。

インフラ

鉄道

サースリファイト港
リファイト半島は昔から漁業が盛んであり、海運が盛んであった。サースリファイト港は最盛期の18世紀から規模の縮小こそはしたものの、昔の遺産が各地に残っている。
グレード→地方港

ランドマーク

空港

ノースリファイト空港
第二次ワルキジア大戦争後の1947年開業。ワルキジア公国の玄関口となっている。

都市

ムスモンド首都圏
ムスモンドはルビンク朝が興る880年に建設された歴史ある都市であり、幾度も戦火に巻き込まれた。文化開花時代にはムスモンド=リファイト王国によりワルキジア大陸最大の「ムスモンド・フリードリッツホール」が建設されており、文化の発信地だったことが伺える。
グレード→メガロポリス

研究進捗

全ての技術の次世代化完了

財政

歳入

定期的ではないものを省略

支給金(毎週月曜日)2400億EP
インフラ収入(毎週月曜日)300億EP
利益合計2700億EP
歳出

省略

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